まずTwitterでもお知らせいたしましたが、今年度の駒場祭は責任者(いまこれを書いている人間)の怠惰な完璧主義者なタチが十全に発揮されたため発表を延期させていただく運びとなりました。
薄々こうなる気はしていたのであえて宣伝はしていなかったのですが、もし公式パンフレットなどを見て期待して下さっていた方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。またいずれなにかのかたちで発表させていただきたいと思っておりますのでどうかお待ちいただければと思います。
一応やりたかったこととしましては、「三国志」というコンテンツについて今一度考え直してみるというもので、具体的には正史と『演義』の二項対立的な見方、そしてその前提となっていると思われる単一の正史、単一の『演義』という認識について解説ないし批判を行うというものでした。
正史と『演義』の二項対立的な見方というのは三国志にある程度触れたことのある方ならなんとなくイメージできると思いますが、単一の正史、単一の『演義』として僕が想定しているのは、次のようなことです。
まずわかりやすく『演義』の方から説明しますと、『演義』について多少調べたことがある方にとっては当たり前ですが、『演義』には内容の異なる複数のテキストが存在します。羅貫中が書いた(編集した)オリジナルの『演義』というのは少なくとも現存せず、研究上措定されるだけの存在です。現在我々が読んでいるのはいわば生き残ったテキストであり、消えていった諸『演義』(という題名を必ずしも含むとは限りませんが)や先行する『平話』、並行して存在した雑劇など、二項対立的に三国志をとらえる人はこの三国志物語の多様性を『演義』という狭い枠におさめてしまっているのではないかと思います。
もう一方の単一の正史、というのはまず、陳寿の『三国志』を絶対視しすぎている、ということです。たしかに『三国志』は正史として『史記』や『漢書』その他とともに中国史の基本史料となっていますが、本来、この「正史」というカテゴリは現代歴史学における史料的価値とは全く無関係なものであり、『三国志』の記述がその他の当該時代についての史料と比べて信憑性が高いということを意味しません。
裴松之の注も含めて『三国志』というのであれば他の同時代史料(文献史料だけですが)の多くが現存するかたちで包摂されるので現代歴史学的な価値は高まりますが、一方で異説をも取り込むことになるので『三国志』の記述を絶対視することは土台から不可能となります(そもそも『三国志』の本文からして矛盾する箇所があるかもしれませんが)。
さらに根本的な問題を考えると、この単一の正史という認識の背景には、絶対的な事実というものが客観的に存在しており、それを記述できるという考えがあるのではないかと思います。仮に事実的なものが存在したとしても、それがそのまま史料に現れるわけでも、歴史家が記述できるわけでもないというのが言語論的転回以降の(あるいはこれをまたずとも)多くの歴史家の基本的な態度です。また、正史と『演義』という二項対立は同時に事実とフィクションという二項対立を含意していると言って差し支えないと思いますが、この事実とフィクションの境界に対して現代歴史学はいまだ誰もが納得できるような回答を提出できていません。このように考えると、正史と『演義』の二項対立(そしてそれはしばしば事実としての正史の優位性を主張するために持ち出されますが)はそう単純なものではないと言えるのではないでしょうか。
もちろん、三国時代と呼ばれる時代を研究する史料としての価値に関して相対的に『三国志』が『演義』その他より有用ということは否定できませんし、物事を理解するためにある程度の単純化を行うことは必要だと思いますが、それはそれとして、こうした正史と『演義』の二項対立には、筆者と作品を一対一に結びつける現代的な固定観念や、歴史叙述や事実というものに対するあまりに素朴な態度などが潜んでいるということを知っていただきたいというのが今回予定していた企画の目的です。
延期の理由はおもに言語論的転回をはじめとした現代歴史学の直面する課題について僕自身まだしっかりと理解できていないことにあり(あとは単一の〇〇のくだりが若干無理やり感がある、などの構成上の問題)、改めて発表する際にはこのあたりを中心に補っていくつもりですが、そのほか気になっていることとして
・「正史」というカテゴリの発生の経緯(『隋書』経籍志で初出だったか?)やこのカテゴリに対する認識(正史は尊ばれたのか?)
・陳寿らの時代における歴史記述の態度(誰しもが『春秋』的な態度だったと考えてよいのか?↔︎裴松之)
・東洋史家の言語論的転回に対する反応(発生の経緯などもあり西洋史方面の研究者の論考が多いが、探せば当然あると思うので読んでみたい)
などといったこともあるので余裕があればこのあたりについても書ければと考えております。
また、ちょうど今学期、筆者の指導教員が駒場で「史学概論」という授業を担当しているので、そこの講義での知見なども取り入れていければと思います。
ところで、この三国志というコンテンツについての企画に加えてもう一つ考えていたのが、「大学で三国志を学ぶ」というようなタイトルで、三国時代と呼ばれる時代や三国志物語などについて実際どのような研究がなされているのかということを具体的な文献とともに紹介するという内容のものでした。
一応対象としては高校生以下の方や改めて大学その他で三国志のことを研究してみたいという方を想定しており、歴史学や文学などはどのような学問なのかということを知っていただきたいという意図がありました。というのは、たとえば歴史学でいえば、研究者というのはクイズ番組に出てくるような、マイナー武将までなんでも知っている三国志博士のような人(知識があるに越したことはありませんが)という認識が世間一般ではあるかと思いますが、そのような知を消費する人間としての側面だけでなく、知を生産する人間としての研究者の側面を知って欲しいと思ったからです。
残念ながら僕自身の専門が17世紀ロシア史という三国志とはなかなか遠い分野であり、ほかの部員の方にも今年中国文学科に内定した方が一人いるだけなのでしっかりした紹介ができるかは難しいですが、こちらの方もそのうち発表できるように頑張りたいと思います。
その他近況についてですが、まず当会の通常の活動は最年長者の僕が本業の修論に向けての研究の方が卒論からなかなか進展しないこともあって指揮を執る者がおらず停止状態です。
部室が自由に使えるのであればとりあえず集まるということもできましたが、いかんせん駒場やキャンパスプラザの状況がアレなのでそういうわけにもいかず、Zoomでも毎週集まるほどとくに話すこともないのでまあいいかという次第です。
来年度以降どうなるかわかりませんが、部室で活動できるようになれば自然と活気も戻ると思うのでまた新歓のことなども含めて時間がコロナが過ぎ去るのを待つのみです。
そのほか、最近の三国志関係でいえば、Twitterでもご報告いたしましたが、竹内真彦先生の『最強の男:三国志を知るために』春風社を購入いたしました。
最強の男―三国志を知るために | 春風社 Shumpusha Publishing竹内先生の論文は上原究一先生の授業や過去の原稿でお世話になっていたので収録されていたものはほとんど読んでおり、それゆえにとくにチェックはしていなかったのですが、たまたま書籍部で見かけて立ち読みするとすぐに購入してしまいました。というのも、本論の内容というよりもむしろ(本論ももちろん面白いですが)、コラムと附章が非常に充実していたからです。名前や暦、行政区分などといった基本的な事柄は初学者の方が意外と調べ難いものでありますし、またその他の『平話』や雑劇などの話、附章の正史や『演義』についての基本的な解説などがあることによって本論に入っていきづらい初学者の方を十分フォローしていると思います。個人的にはこれから当会に入ってくる新入生の方などに入門書としてぜひ勧めたい1冊です。そのうち部室にも入れておきたいと思います。
また、余談になりますが、先述の駒場祭の企画を延期したのは内容がこの本の「附章一」と結構かぶってしまって、草稿段階のものだと多分こちらの本を読んでもらった方が有益そうだと感じたということもあります。これに加えてちょうどTwitterの方でも正史と『演義』の関係について少し議論になっていて、これらの単純な焼き直しにならないよう歴史学的な要素を取り入れてオリジナリティを出そうとしている次第です。
なお、竹内先生は以前から三国志研究会(全国版)など精力的に三国志の普及に努めていらっしゃいますが、最近ではYouTubeやゲームの監修など目に見えやすい活動も増えてきたようです。
三国志研究会(全国版)のYouTubeは僕も拝見させていただきましたが、『演義』の資料についての話で、確か蜀の話については井口先生の『三国志演義成立史の研究』汲古書院で取り上げられていたような気がしますが、呉の話はまた新鮮で面白かったです。次の更新も楽しみになるような内容でした。
ゲームの方は僕は多分ダウンロードはしませんが、にじさんじという僕の好きなVTuberグループの方が案件をするみたいなのでそちらは観てみたいと思っております。
さて、久しぶりの更新になって申し訳ございませんが、今回はこのあたりで締めさせていただこうかと思います。
年内の活動はおそらくもうないと思いますが。また来年から今年できなかった25周年関係のことなども含めて頑張りたいと思います。
それでは。
P.S.
一番好きなにじさんじライバーはエルフのえるさんです。
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- 2020/11/20(金) 05:26:46|
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